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ウインドウズは捨てる [野崎]

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 XPのご臨終も近いので、リナックス移行を本格的に画策している最中。
 今のところ、Voyager(フランス版のUbuntu)と Zorin7 のデュアル・ブート。ウィンドウズとの共用はしない。絶対にしない。
 Linux Mint を使ってみたけれど、どうも不安定なので、上の二本でいくことにした。
 リナックスのソフトでいちおしは Amarok だ。たいていの曲で歌詞が出てくる。この手のアプリはモバイル専用かと思っていた。PC用もあったので感激。Amarok はウインドウズ用もあるけれど、やはりリナックスで使うほうがいい。

 そのついでに、Billboad.fm のサイトを見つけた。これは、過去半世紀強のアメリカン・ポップス聞き放題のページ。

 先日、Radio sure というインターネットラジオのアプリを入れたさいに、極悪のアド・ウェアが二つも勝手に入りこんでしまった。ブラウザ・ページに危険なポップがどんどん開けてくるので焦った。これらをきれいに掃除するのに、いろいろ調べ、ずいぶんと面倒な作業をする破目になった。

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山田風太郎・降臨 新刊 [野崎]

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 そこではまだ、夜の闇に惹かれる「眼中の悪魔」と、白日の只中に穿たれた黒点からの妖しいいざないとが、充分には区別されていなかったが……。やがて、彼は夜が自分をまどろませてくれるような夜でないと知りはじめる。夜への失意、夜からの追放。どちらでも同じだが、彼は、夜の親和力に背を向けるにいたった。そして眩しい陽光のもとにも、自分を和ませてくれる歪んだ「闇」がわずかながらあったことに思い当たった。
 太陽の黒点だ。太陽に眼を灼かれる詩のことならよく識っていた。詩人は多くそこに魅せられる。だが、太陽に穿たれた光の虚点に魅せられる皮肉屋こそ、彼の度しがたい個性なのだ。

  「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
  Mよ、地下に眠るMよ、
  きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。

 これは、鮎川信夫の詩「死んだ男」の最終連から。山田は、このような実存意識を解き放つには皮肉屋でありすぎたし、彼のニヒリズムは深すぎた。吉本が抉りだした知識階級と大衆との絶望的な断層は、戦後文学のなかにのみ特別に在ったわけではない。この鮎川と山田の対照のように、戦中派のなかにも明瞭に観察できるのだ。戦後詩と戦後探偵小説とは背を向け合った。『太陽黒点』が明らかにした現状認識と人間観を、鮎川の詩句に模して書けば、次のようになる。
 ――さようなら、太陽の黒点だけが僕の信じうるものだ。
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『ロールスロイスに銀の銃』 [野崎]

ロールスロイスに銀の銃』
ゴッドフリー・ケンブリッジ&レイモン・サン・ジャック
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ふたりのヌーヴェルヴァーグ [野崎]

『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』を観た。
どうってこともないメモリアル映画
けれど、これは、ゴダール&トリュフォーの二人ではなくて、ジャン・ピエール・レオーとの三人物語だよね。
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ゴダールから遠く離れて [野崎]

 ゴダールの幻の作品『はなればなれに Bande a Part』を観た。
 たしかに『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』のあいだにあるといえば、そのとおりだ。
 いつか三条の地球座でベルモンド主演の短編フィルム(あいにくと、タイトルを忘れ、調べるのが面倒くさい)を観たときのようなときめきがあった。アンナ・カリーナはまだ硬く、アンナ・カリーナにはなってないみたいだった。
 予告編を観ると、あんまりにも『突然、炎のごとく』に似ているので驚いたが、本編はむしろ『ピアニストを撃て』に近い印象。とにかく、もう50年は昔なのだ。ゴダールもトリュフォーも、遠くまで離れたってことか。
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